▼2▼なぜ読書感想文があるのか?


 学校の先生のやることっていうのはたいてい「ナゾ」が多くて、多分本人は何らかの理由があってやっているんだろうし、それも一理あるとはわかっているのだが、なんか釈然としない、納得はいかない、というようなことが多い。読書感想文もその一つだとみなさん思っているんじゃないですかね?
 んで、そういうふうに納得がいかないと「こんなのある意味がわからない!」と文句たらたら、愚痴の一つもこぼしたくなる人がいっぱい出てきちゃいます。みなさん、そうでしょう??
 というわけで、「なぜ読書感想文を先生が宿題として出すのか」というのをわたしなりにみなさんを納得させて見せましょー!っというのが今回のコラムの趣旨であります〜。

 多分、本当の先生たちの理由って言うのは他のホームページにも書いてあるだろうし、宿題を出す直前に説かれた方も多くいらっしゃると思います。わたしは、そういう「キレイゴト」としての理由ではなくて、どんな理由があるにせよやらなきゃいけない、それはなぜか、という少しゆがんだところから話していきたいと思っています(笑)。

 さて、みなさんは学校に行っているわけですね。学校という空間は不思議な空間です。意味のない勉強をし、意味のない行事があり、意味のない友情があり、意味のない先生方がいます。教育とは意味のないことに耐える場です。社会とは意味が見えなくなる場所です。学校とは意味の見えないことでも意味を見出す方法なのです。
 学校で読書感想文以外にもいやだけど仕方なくやっているものっていっぱいあるでしょ?算数の宿題、運動会、学芸会、夏休み新聞などなど・・・。その中から意味を見出せるものというのは少ない。
 わたしは体育の授業が大嫌いでした。ついでに図画工作も大嫌いでした。体育の授業の意味は「健康的な体を作る」とかいろいろとおもいつきそうなもんですが、そんなの学校の45分で身につくわけないですよ。運動神経いい人は普段から外で遊んでいるから運動神経が良いわけで、学校の授業というのは誰が運動神経が良いか悪いかを見定めるぐらいしか活用の仕様がないじゃないですか。好きな人だけやりゃあいいんで、自分の健康ぐらい自分で管理するわい、という感じです。図画工作もそう。先生に言われたものをなぜにつくらにゃならんのよ。わたしはわたしの書きたい絵を描いて、作りたいものを作るの!(図工はどちらかといえば得意なほうだったので、これが嫌いなのは苦手だからって言うわけではありません。)
 まあ、わたしの愚痴はともかくとして(笑)、学校というのは結局は実のある教育をする場というよりも、意味のないことを我慢してやれる力をつける場であるのです。黒板を写すという作業も、やりたくもない行事も、毎週の朝会も、みんな我慢するためにあるのです。

 だとすれば、読書感想文が何のためにあるのかというのも結局は、長い本を我慢して読む訓練文章をうんうんうなって書く訓練自分にとっては全く無意味なこともみんなに合わせて我慢してがんばる訓練、であるのです!

 というわけで、それがいやだというのなら、学校を辞めてしまえばいいわけです。なあに、河相我聞も小学校のころから登校拒否してたらしいし、学校行かなくても家でいくらでも勉強はできます。唯一友達はできませんが、まあ習い事などでみつければいいでしょう。学校というのは、拘束している時間は大きい割りに、たいした物ではないですよ。

 まあそれは極論ですが(笑)、世の中いろんな人がいるわけです。
 わたしのように体育が死ぬほど嫌いな(たぶん体育がなければわたしの人生はもっともっと明るかったはずだ)人もいれば、
数学の宿題が吐き気がするほど嫌いな人もいれば、
読書感想文が泣きたいほどいやな人もいるわけです!

 それぞれいやなものを我慢して、学校に行っているわけです。みんなそうなのです。あなただけではないんです。
 だから、我慢して読書感想文も自分で書こう!写したりしないで、努力しよう!ね?

 でも、いやだいやだと思っていると、余計いやになりますね。その気持ちはわかります。だからわたしが読書感想文に意味づけをしよう!と思います。意味づけって言うのはあくまで一つの提案に過ぎません。皆さんが一人一人の意味づけを考えることもまた重要なことでしょう。

 意味@ 先生に自分の普段の不満をぶつける!  
せっかくの自己表現のチャンスです。自分が普段思っていること、自分がいやだなあと思っていること、自分はこんなにすごい奴なんだ!、自分は本当はもっと優秀なんだ!、自分はこんな子供なんだ!そういった思いを先生に伝えましょう。きっと先生はこれまでとは違った目であなたを見てくれるはずです。いつもはボーっとしてる○○さんは本当はすごい子だったのね!と思ってくれます。その機会だと思って自分をぶつけてみましょう。自己顕示欲を発散させよ!

 意味A 文章を上手く書く練習の機会にする
今の世の中、プレゼンテーションはどんな職業であっても重要です。それは、サラリーマンでも、スポーツ選手でも、研究職でも、接客業でも、必要です。プレゼンテーションは言葉の使い方が命です。ならば、言葉を上手く書く練習というのは絶対に後々あなたの力になるはずです。大学でも論文を書く機会がいっぱいあるのですが、高校まではろくに文章なんて書いた覚えがありません。このように文章を書く機会というのは極端に少ないわけですから、たまたまそのチャンスがあった読書感想文の宿題があるあなたは幸せモノよ!このこの〜ッ。というわけで、受験でも社会人になった後も言葉の使い方は重要です。少ない機会を存分に利用して、せめてヘタクソな文章からはおさらばしましょう!

 意味B 反抗心をぶつける!
本当は「本を読む機会にする」がいいかな、と思ったのですがわたしとしては「本をあまり読まないで感想文を書く」ことを推奨したいので、やめます。そのかわり反抗心です!わたしも遅れてやってきた思春期のせいで、今は反抗心にあふれています(笑)。皆さんも思春期謳歌してますか?反抗心持ってますか?これは重要ですよー。反抗心。先生が読書感想文を書いてきましょう、といってきたのに読書しないで感想文かいてしまうのです!はっはっはっは、本なんか読まんでも感想文はかけるんじゃい。なぜならわたしは優秀なのだー!みたいなノリで感想文を書きましょう(笑)。たとえば、本のタイトルだけで感想文を書く、本に対するイメージだけで感想文を書く、いろいろ方法はあります。もっともっと反抗心がたぎっている方は、読書感想文なんかいらねーということを読書感想文にしましょう。読書感想文の書き方、見たいな本が巷にはあふれていますから、それを図書館で借りてきて、たぶん読書感想文のすばらしさを歌っているでしょうから、それらを全部批判、批判、批判しまくるのですよ。先生も反論できないぐらいの理屈をこねまくりましょう。(日本人は議論に弱すぎる。ガイジンの議論攻撃に負けないよう、理屈をこねる練習もきっと大事です。ただし友達は減ります 笑 親もあきれます 笑 でも将来には役に立つはず)

 大人と喧嘩する勇気を持ってみましょ。 (前回と同じ文末だ)




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